蒼穹のローレライ(尾上 与一)
ボーイズラブ・レビュー
ついにシリーズ名が付いたこの一連の作品群。
この作品も含めて4冊ありますが、すべて第二次世界大戦の戦時中が舞台となっております。
(1冊目:天球儀の海 / 2冊目:碧のかたみ / 3冊目:彩雲の城)
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1945シリーズというある意味ド直球な名称を戴いた作品群です。
これは4冊目ですが、どれも1冊完結なので、この作品から読んでも大丈夫です。
2冊目の碧のかたみのペアがちらっと出てくるので既読だとちょっと楽しいかも。
そういえばBLの表紙ってだいたい受攻ペアで構成されることが多くて、ピンって滅多にないんですが、今回の表紙はドンとひとり、仁王立ちになっている絵でした。ボーイズラブでピンの表紙って、大物作家さんしか許されないイメージがあって、尾上与一さんすごいスピードで上り詰めたな……って勝手に感嘆しております。
さて、このブログの感想は全部ネタバレですが、この下からはホントに初っ端からネタバレぶちかましてますのでご注意くださいね。
以下ネタバレ妄想注意!
紹介文です。
戦後十八年目のある日、三上徹雄を病死した旧友・城戸勝平の息子が訪れた。三上へ一通の封筒を預かったという。中には、戦死した零戦搭乗員・浅群塁に関する内容が記されていた―。太平洋戦争中期。整備員の三上はラバウルに向かう途中、不思議な音を響かせて戦う一機の零戦に助けられる。着任後、命の恩人を捜していた三上は声の出ない碧い目の搭乗員に出会う。彼こそが三上たちを救ったあの零戦乗り、「ローレライ」と呼ばれる浅群塁一飛だった。整備魂に燃える三上は、「敵機を墜として俺も死ぬ」と言う浅群をどうしても許せず…。
もうね、冒頭からネタバレなんですよね。
つーかね、なんというかね、裏面の! あらすじで!
死ネタだってぶちかましてるんですようわああああああああああああ!!!!!
というか、冒頭で主人公であろう男が戦後、一人で暮らしていて、そこにかつての戦友の息子が訪ねてくるっていう時点でお察しな流れで、最初の数ページを読んで回想に場面が飛んだところから1週間以上、読み進められなかったんですよね……。
意を決して読んだのがこの週末で、感想を文字として書けるかなって思えたのが今日です。手元に来てから(発売されてから)3週間ほどたってます。いやはや、深く沁みてくる作品でした。
戦時中の青春もの、と言ってしまえば一言で済むのですが、何しろ銃弾の飛び交う環境での青春ですのでマジで命懸けです。そもそも生き延びるつもりのなかった塁と、彼に生きて欲しいと願いながら整備をする三上は、はじめ、対極の位置に立っていたのだと思います。
塁は家名に被せられた屈辱を、戦功を立てることで少しでも雪ぎ、そのまま戦場で爆散するつもりで零戦に乗っていたのです。
自分の命より、父母が理不尽に受けた仕打ち(父が横領の嫌疑を掛けられ、冤罪を晴らすべく奔走している最中に、正体不明の賊が家に押しかけて両親共に殺害、自分も塩酸で喉を焼かれている)を、戦績によって少しでも上書きしたいという、方向性が違うだろう……と思っても他人が止めるにはあまりに重い、彼の決意でした。
敵に照準を合わせるための部品を零戦につけて飛ぶ塁と、危険だからと取り付けられるたびに外してしまう整備の三上。
いたちごっこだとお互いに自覚しながら、つける、とる、つける、とるが延々と繰り返されていきます。
喉を傷めて声が上手く出せない塁の言葉を聞き取れるという理由から、塁専属の整備員にされた三上ですが、言葉を重ねる度に、少しずつ距離が縮まっていくのが分かります。相変わらず部品のつけはずし攻防はあるものの、親の形見となった懐中時計を三上に預けた塁。
夜の桟橋で波の音を聴きながら、自分の過去を三上に話す塁。
少しずつ、塁の心が解れていくのが読んでいて切ないくらい伝わってきます。
戦況はどんどん悪化していきます。
最前線であったラバウルでも、状況は日々悪化していきます。
島が爆撃されることが増え、塁が出撃している間に敵の襲撃があり、三上が怪我を負います。
そこで初めて、塁は残される側になるかもしれない恐怖を味わったのだと思います。
三上はずっと、塁に対してその恐怖を抱きながら飛行機を整備して空に送り出していたのだと思い知ったのでしょう。
このタイミングで、
「一生側にいられるように、心だけでも、俺にください」
なんて口説かれたら、そら落ちますやろ……。
極限状態で、せっぱ詰まったみたいに抱き合うんですよ。
こんなに必然性というか、必死にお互いを確かめて契るBLの必須シーン、本当に久し振りに読みました。
身体を重ねて、塁の気持ちが過去から現実の「今」に、戻り始めます。
両親への想い、背負った家名と拮抗するほどに現実が、三上の存在が重くなっていき、そして、自分の命への執着へと変わっていきます。
「俺はここに、名を刻みに来た」
と、己の死の先の名誉が家名を雪ぐことしか考えていなかった塁が、等身大の男として、目の前の相手と共にいたいと希望を持つようになっていったのです。1冊かけて揺れ動く塁の心を追いかけるのが、重くて苦しくて切なくて、それなのに止められなくて、つまり夢中でした。
そして、戦争は、未来への希望を持ち始めた男を容赦なく殺しました。
このシリーズ初の、メインカップル死ネタです。
いやもうここでね?
わかってたけどここで死ぬ????
死ぬ間際に、死ぬしかない、確実に死ぬって分かったときに、ほとんど初めて死にたくないって切望した塁。
ボロボロになりながら6機を落として、最後に打った電信が
「シニタクナイ」
ってもうなんだそれ……。
三上と一緒に本土に引き上げて、2人で穏やかに暮らす……作中、ずっとそんな妄想をしながら読んでいましたが、そうは絶対にならないって既に冒頭で突き付けられていて、ラストでその事実を当然のように突き付けられて、分かっていたのに呆然としました。
塁が最後に打った電信は城戸の計らいで、戦後18年を経るまで、三上は塁の最後の言葉を知りませんでした。
本人も言ってたけど、たぶん知ってしまっていたら、戦後生き延びようと思えなかったでしょうし、城戸はそれが分かっていたんだと思います。それでも、生死を共にした搭乗員と整備員、心を渡した相手の最後の言葉を知らないままでいさせるのもまた惨いことだと、城戸はずっと葛藤していたのでしょう。
時間薬という言葉がこれほど正しく響く事も少ないのではないかな……ってぼんやり考えました。
三上は塁の心をもらったし、塁は生きたいと最期に願うことができて、心は繋がったままいる場所だけが違ってしまったけど、きっとこれは形を変えたハッピーエンドなんだと信じます。